nature-angel’s diary

日常のつぶやき、スピリチュアルなこと、オラクルカードのことなど

もう一つの天秤

nature-angelです。

 

昨日、本を読んでいたら、いくつかの言葉に出会うと、その部分がほのかに光っているような、と同時に頭の中に「天秤座」というショートメッセージが入って来るような感じがあって。

 

どんな言葉かというと「比較する」「選ぶ」「判断する」というようなもの。

「何でだろう?」と考えていたんだけど、今月は10月で天秤座の月でしたね。

金星逆行の影響もあるのかな?(天秤座のルーラーは金星)

 

というわけで、金星と天秤座について、少し考えつつ、そのことを書いてみることにしました。

 

 

 

 

金星と天秤座

 

金星のキーワードは、愛と美、バランス、調和。

天秤座は、四元素の風の要素を持ち、男性性、活動宮。

 

金星と天秤座のエネルギーは、とても似ているように感じます。

共に客観性、バランス・調和に関連します。

 

 

金星と価値

 

今朝、目覚めて、最初に頭に浮かんだ言葉が「金星」と「価値」でした。

 

「価値」とは何でしょう?

とても個人的なものから来る価値と、人間全体が捉える普遍的な価値とがあります。

 

金星と天秤座の問う価値というのは、愛と美のような普遍的な価値だと私は思います。

個人的な価値観を大切にするのは良いことだと思うけど、それを他人に強要するのは、ちょっと違う。

 

金星と天秤座は、人間関係にも共に関わるようです。

この点は、私にはまだピンと来るものが無いのだけれど、

結局、他人と関りを保つためには、自分と相手の違いを認め、どこで妥協するかを探っていくことなのかな、と思うし、それが調和ということなのかな、と想像できます。

 

 

天秤の意味

 

一つ前の記事でも天秤座のことを取り上げました。

 

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ここでは、二つの極を考え、バランスを取ることについて書きました。

 

スピリチュアルな見方として”天秤”は「ジャッジすること」と強いつながりがあります。

これをよく表しているのが、タロットカードの大アルカナ「正義」のカードです。

「正義」のカードのキーワードは「真実、正直さ、バランス、公正な結果」。

公的な裁判のような、その裁判での判決のようなイメージがあります。

それはまさしく「ジャッジすること」。

 

「正義」のカードにも天秤が描かれており、下は『グッドタロットオラクルカード』からの一枚です。羽の生えた天使のような女性のような存在が天秤を持っています。

 

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『ウィズダムオラクルカード』の「To Be Fair」にも天秤の絵柄があり、「公正さ」や「バランス」「正義」を表していました。

 下の記事の中ではタロットカードの大アルカナ「審判」のカードのことにも言及していて、私の中ではやはり、「審判」のカードも「バランスと調和」「正義」「公正さ」と強く関わっているように感じます。

 

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もう一つの天秤

 

「もう一つの天秤」とは、私が感じたことなのですが、

いわば「判断」や「ジャッジすること」を超えるためのツール。

 

「ジャッジすること」を手放した状態。

その状態での新しい思考、視点で物事を推し量ること。

 

それが新しい「もう一つの天秤」となり、新しい世界が開けてくるということ。

これは先に書いたタロットの「審判」のカードの領域と思われます。

 

人はとかく物事を自分の価値観だけでジャッジしがちです。

全ての物事を知ることは不可能なので、そのことからも、客観性を保ちながら物事を判断していくことは結構、困難極まります。

 

でも、自分の中のバイアス(偏りを生じさせるもの)を認め、何かを誰かを判定する態度を手放したなら、どうなるでしょう?

 

私が思うところでは、人間はもともと偏見や差別を持つ生き物。

それは生存本能に即していて、当然のことです。

だって、自分が生き延びるためには自分と似たような人間を擁護するのが自然な考え方だと思うから。

 

一方、ある本ではこんなことが書いてありました。

「嫌なタイプの人間も、その人の本質がおかしいというわけではなくて、その人の行動がおかしいのだから、その人の自尊心を傷つけるようなことは決して言ってはならない」というように。

 

それを読んで、私はとても深くうなづきました。

誰もその人の奥深い本質までは見ることはできないと思うのです。

言動や行動は氷山の一角のようなものなのかもしれません。

 

だから、私たちは知ることのできる範囲がとても小さいことを認識すべきだと思います。

少なくとも、私は全てを知らない。知る由もない。

だから、何事も明確には判断できない、と思う。

 

出来ることと言えば、二つの極論を想像してその間に自分を保つこと。

何かを「ジャッジすること」を手放して、天秤のふり幅を小さく保つような思考と行動に自分を向けることしかできません。

 

今のところ、ここまでが「判断」や「ジャッジすること」を超えたところにある何か、「もう一つの天秤」の私の解釈と理解です。

 

その先にあるものはよくわからない、というのが正直な感想です。

また、その領域はいつまでも未知なるものなのかもしれません。

 

人生に起きる大きな出来事はいつでも自分の想像をはるかに超えています。

「この先は、自分の想像をはるかに超える素晴らしいものを神様が用意してくれている」そう思いたい。

そう思っていた方が希望を持って、今を楽しく生きて行けるような気がしてます。

 

 


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