nature-angel’s diary

日常のつぶやき、スピリチュアルなこと、オラクルカードのことなど

葉の形によって光の当たり方が違う

nature-angelです。

 

散歩しながら植物の観察をした中で、ひらめいた考えを備忘録もかねて。

植物の様子から、人間についての気づきへ。

 

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植物の葉には大きく分けて二つの形が見られます。

松に代表される針の芯のような細長い形と、お皿のように広がって薄くて平たい形。

 

葉はそれぞれ一つの茎や枝に生えていますが、太陽の光が当たるように、上から見ると重ならない場所にあります。

 

葉の生え方にも違いがあります。

松の葉を見てみると、硬いせいか、ほぼ直線。

桑の木なんかは、重さのせいか、しなりとうなだれつつ、皿のように広げている様子。

 

松と桑の葉を比べてみると、面積も明らかに違う。

だから、一つの葉に関しては太陽の光の当たり方も量もかなり違うと想像できる。

 

ここで私が気が付いたことには、これらの様子は人にも当てはまるかも、ということ。

個体によって、それぞれ違う光の当たり方や量。

 

多くの人に注目されたり、外に出て働き、他人への露出が多い人もいれば、

内に居て何らかの役に立ち、人目の少ない場所で過ごす人もいる。

 

それでもいいんじゃないかって思った。

 

”光”は人間の世界で考えてみると、一つには、あたかも注目度や活躍していると言われること、いわゆる社会での評価のようにも感じられる。

 

植物は、基本的には太陽の光を浴びて成長するけれど、その種類によっては必要な光の量がかなり違うように思える。

 

人間にも色々な種類の人がいる。

 

それぞれの人はそれぞれのやり方で生きていて、その人の人生の中ではスポットライトを浴びて成長する。

それは世間に認められているとかいないとかは関係ない。

本質的に何をやっているから偉いとか偉くないとか、良いとか悪いとか、少なくとも私には判断つかない。つけられない。

 

人の中で目立っても目立ってなくても、価値は同じだと私は思う。

みんな、価値がある人生ってことだ。

 

人が生きているってことは、それだけで尊い。

自力で生きているように見えて、生かされていると感じる。

内臓の働き、腸内細菌、心臓の動き…、本質は謎で自分じゃ制御できないことばかり。

 

スピリチュアルな視点から見た”太陽”は、心臓や生命、個性的なことにも当てはまる。

どこからか、それらを得て生きている私たち。

 

生きていて、当たり前のように感じることもあるけれど、

生きているだけで、それぞれの人生の道の上に生きているだけでいいんじゃないか、

そう思った。

 

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