nature-angel’s diary

オラクルカードリーディング、メッセージをお届けします

「気づきを得ること」と「階段を上ること」は似ているかもしれない

f:id:natureangel:20161209152426j:plain

nature-angelです。

 

今回はざっくばらんに思ったままに書きたいと思います。

では、早速…。

 

 

 

「気づき」

 

「気づき」というのは、一回につき、一つしか得られない。

自分の経験上では、そう思う。

「気づき」というのは、まるで目の前にたくさんの薄いベールが被されていて、一枚ずつ剥がされていく感じ。

 

それは、「一段ずつ階段を上る」ことと似ていると思った。

一つの”ベール”につき、一つの「気づき」。

一つの段につき、一つの階が上がる。

一つ一つは小さなもので、些細なこと。

でも、それは確実に現実。

 

「気づき」は心の中で、頭の中で蓄積されていく。

「気づき」が起こった時、目の前の景色が違って見えるような、視界が開けていくような、そんな感覚に陥る。

そう、まるで目の前のベールが本当に取り除かれたような、そんな感覚。

 

「気づき」は意識の中でのこと。

現実的、物理的に目に見えて構築されることではない。

でも、それを現実的、物理的にあえて考えるとしたら?

 

「階段を上る」、その途中で後ろを振り返ってみる。

それまで、上って来ただけに等しい段上から見える景色。

たくさん上っていれば、それだけ高い所から眺めることができる。

高ければ高いほど、視野は広くなり、俯瞰する。

 

どうだろう?

「気づき」が多くなればなるほど、俯瞰できるのではないか?

結果としての「俯瞰」

そんな部分に「気づきを得ること」と「階段を上ること」に共通の何かを感じる。

 

 

二つの世界

 

物理的な身体を持ち、物理的に現実の世界で生きる。

と同時に、内的な意識を持ち、内的な精神世界の現実も感じる。

 

一つの個体としての人間の中で相反する性質を持ちながら生きる。

 

現実社会と精神世界は相反するようで共通することもあると思うこの頃。

 

小さなことでも観察するのが好きだ。

「地球には重力があって、ものが下へ落ちてくる」

「ごみは端の方へ溜まる」

 

そんな当たり前のこと、ささいなことの中に宇宙の原理を見つけたい。

物理的な現象の中に通じる精神世界の規則性を見つけたい。

 

 

 

そんなことを思いながら、毎日過ごしている私です。

「階段を上る」ことを休んでも、「気づき」は容赦なくやって来るようにも思います。

精神世界も結構、シビアなのかもしれませんね。

5月になり、牡牛座の月になって、牡牛座のエネルギーを感じ、そのエネルギーに呼応するかのような前世からの課題に気づきました。

私はやはり他人と関わることに困難があるようで、自分の内的なことではありますが、現在とても葛藤しています。

次の新月まで、カルマの浄化が起こるのかもしれません。

みなさんも感情の変化に気をつけてみてください。

 

では、お読みくださった方に感謝の気持ちを込めて。

ありがとうございました!

 

 

Copyright © nature-angel,all rights reserved.