nature-angel’s diary

月のリズムで過ごしながら、オラクルなメッセージをお届けします

両極端に偏らないためには、客観的な視点を持つことが大切だと思う

nature-angelです。

 

ブッダが説いた”中道”。

ひと言で言うと「両極端に偏らない」ということなのだと思いますが、自分で意識してやってみると、なかなか難しいものだなと思います。

 

どこが難しいのかと言うと、特に”ポジティブ”ということに関して。

肯定することから、”ポジティブ”(な姿勢、思考)とはどういうことか? ということまで、自分の頭の中を整理する意味でも改めて考えてみました。

 

 

 

何かを肯定するのは、本当は何かを批判したいのかもしれない

 

私が思うに、物事や他人のことを否定するのは簡単です。

また、何故かはよくわかりませんが、人は何かを否定する時はとても明確な態度で、”否定”のエネルギーに集中している感じがします。

でも、肯定する時や自分が良いと思っていることを主張する時には、”肯定”のエネルギーに集中していないことも多いように思います。

 

例えば、(これは私の勝手な憶測ですが)いわゆる”自然派”や”動物愛護”的な活動をしている中で、「無農薬野菜は体に良い」とか「ベジタリアンなので肉は食べない」と言っている時、実は内的な意識の中では、ある人や物に対して猛烈な批判の気持ちが込められている可能性があります。

言葉とは裏腹に心の中では「農薬を使う人たちはおかしい」とか「肉を食べる人は残酷だ」というようなことを思っているということです。

 

口では肯定的なことを言いつつ、心の中では批判の気持ちが強まる。

 

このような状態であることを、私はある時、自分の内面で気づきました。

自分の言葉と心の状態が相反していることを。

それから自分の心の声と口に出す言葉が一致するよう気をつけるようになりました。

 

日本人は思ったことを面と向かってストレートに言わない(言えない)ことが多いので、こういった状態になりやすいのかもしれませんね。

 

 

「主張する」ことは攻撃的?!

 

口では肯定的な言葉を発していても、内面は批判的であるという状態。

このことから、口先だけでポジティブなことを言っていても”ポジティブ”であるとは言えないと思った私。

 

でも、そもそも何事にも二面性があるという事実。

ということは、ポジティブな面を主張することはネガティブな面を否定するということなのだろうか?

 

ちょっと、考えてみました。

 

ポジティブなことを捕らえることと、ネガティブなことを捕らえることは同じです。

どちらも単なる性質と見れば。

 

ここで問題となるのは、おそらく「主張する」という姿勢。

度が過ぎると、批判になりかねないということです。

 

ポジティブもネガティブもエネルギーとして同等と考えれば、どちらかを取り上げる時にはその性質(事実)を伝えるだけ。

 

でも、「主張」は度が過ぎると、強い攻撃的なエネルギーを発する行為だと思うのです。何かを否定する時のような、攻撃的な感じしませんか?

ディベートで「主張する」という姿勢は、誰かを打ち負かすということでもありますよね。

 

 

ポジティブ思考とポジティブであること

 

ここでちょっと考えたいのが”ポジティブ思考”ということです。

ポジティブな思考をすることは、ものごとのポジティブな面に着目することであり、「ものごとを肯定する」あるいは「否定する」こととは異なります。

 

ポジティブ思考が必要な時というのは、大抵、ネガティブな面が把握されている時です。ネガティブな面にばかり着目してしまうので、バランスを取るためにポジティブな面を見ていこうとするものです。

 

 

”ポジティブ”であるということは、いつでも前向きに生きて行こうという姿勢。

 

ものごとのネガティブな面も理解しつつ、「ポジティブな面も見ていこうよ!」という未来に対する前向きな態度です。

これもネガティブな面を批判するわけでは無く、むしろネガティブな面を受け入れた上で「前向きなことを考えようよ!」ということです。

 

 

ポジティブ思考が必要なのは

 

「ポジティブ思考が良い」とか、「悪い」とかいう議論もあるかもしれませんが、それは「良い」とか「悪い」とか言うことでは無くて、大元は「ものごとには二つの側面があるという事実を把握しよう」ということなのだと思います。

 

 人間は物質的な身体を持っていることもあり、サバイバルな遺伝子的思考も相まって、ネガティブな思考が出て来やすいんだと思います。

 

だから、本来、出て来やすいネガティブ思考ではない、”ポジティブ”思考を意識した方が「二つの側面を持つという森羅万象の性質を把握しやすい」ということから、「ポジティブ思考をしよう!」ということが上がってきたのだと思うのです。

 

 

両極端でない状態とは?

 

では、究極の中道(両極端に偏らない状態)とは、どのような状態なのでしょう?

 

私の考えるのは、「今、ここ」に「真実」と共に在ること。

 

「真実」は、ポジティブにもネガティブにも偏ることが無く、肯定や否定でもありません。感情でもないし、誰かの称賛を受けるものでもありません。

 

ただ、そこに存在するという「真実」。

 

「真実」を見るためには、感情も、肯定も否定も無く、ただありのままを見るという姿勢が必要です。

 

そのためには、客観的な視点が必要。俯瞰する。遠くから眺める。


結局、「ポジティブであること」や「ネガティブであること」、「肯定」「否定」、「ポジティブ思考」「ネガティブ思考」という所に留まってしまうと、それぞれの性質を把握することが難しくなるのかな、と思います。

 

 

つまり、両極端に偏らないためには、その両極の部分から離れた所から見ることが必要だということです。

これは私の持論ですが、近くにいては全体が見えない。

近くに居ては、どちらのことも平等に扱えない。客観的に見れない。

遠く離れた所から眺めてみて、ようやく全体像が見えてくる。

真実が見えてくる。

 

現実の世界もそうですよね。

 

 

結論:

両極端に偏らないためには、

客観的な視点持つ(両極から離れた所から見る)ことが大切

 

 

 補足

 

ここで補足したいのは、本当の意味で客観的な視点に立つには「ものごとの二つの面を同等に見れる」ことが前提になると思うので、その前段階として”ポジティブ思考”の練習も有効なのではないかということです。

 

長い目で見ると、次の過程を通り、客観的視点に立つのが妥当だと思われます。

  • まずネガティブ思考(ネガティブな面を見ること)を経験する
  • その上でポジティブ思考(ポジティブな面を見ること)の練習をする
  • 二つの側面を同等に見ることができるようになる

 → 客観的な視点を得る

 

 

おわりに 

 

とにかく「何事も二つの面を持つ」ということに意識的であることが重要だと思います。その状態が実は「客観的な視点に立つ」ことなのかもしれません。

 

どちらかの性質に感情移入しないというのもコツかもしれません。

 今、気づきましたが「肯定する」「否定する」とは感情的なつながりが強いのかもしれません。

 

ちょっと、取り留めのない話になったかもしれませんが、おつき合いくださいましてありがとうございました!

 

では、良い週末をお過ごしください!

 

 

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