nature-angel’s diary

月のリズムで過ごしながら、オラクルなメッセージをお届けします

インターネットとスピリチュアルは似ているかもしれない

ブログを始めて、人気記事とかブクマとか、インターネット上の人の流れのような部分を感じ始めている。また、インターネット上のサイトの多さからは、アカシックレコードまでは行かなくても、そういう印象を受けることもある。

見えるようで見えない世界、インターネットもスピリチュアルも共通する何かがあるのではないか、そう思うようになってきた。このことについて、少し考えてみることにした。

 

目次のようなもの

 

スピリチュアルな世界

スピリチュアルな世界は、物質的に見えるわけではない。次元が違う。でも、存在するという認識は誰にでもあるのだろう。

人というものには、心がある。それゆえ、目には見えなくとも、感情や心の動きというものが存在するということは、誰でも承知していることだ。

スピリチュアルな世界と言うと、霊的な事象と捉える人も多いかもしれないが、心も感情もスピリチュアルな世界のひとつの形態と言えるのではないか。

 

過去と未来の認識

物質的な現実の世界でも、見えていないのに認識しているということがある。それは、過去に起きたこと、未来に起きることへの認識だ。過去のことは今時点では物質世界で見れているわけではない。だが、病気などでない限り、誰でも、過去のことは話せるし、当然あるもののように捉えられる。未来のことは不確実で不安定なものであり、過去のことより、把握しづらい面もあるが、それでも存在するものとして捉えることができる。

余談:カメラで写真を撮り、後でそれを見るという行為。良く考えてみれば、不思議なことだ。今ではない、もはや無くなってしまったことを物理的な方法で視覚を通して見ている。

 

いま、この瞬間

いま、この瞬間は、物質的にも存在することは紛れもない現実だ。誰もがわかる。

だが、瞬間の出来事でしかない。その瞬間以外は過去であり未来である。

今、私たちは生きていて、いま、この瞬間の連続を見続けている。

 

インターネット

インターネットの世界は、図書館の記録庫のようなイメージだ。実際に作成されたサイトがたくさん存在する。しかも、現状では刻一刻と増加している。

通常、インターネットを見ている人は一度に全てを見ることはできない。選択しているサイトを見ている一方で、一度に見ることのできないサイトがたくさんある状態だ。つまり、大部分の人は、見えないサイトが存在していることを認識している。目で見れないのに存在は認識しているのだ。

 

それぞれの比較

「スピリチュアルな世界」、「過去・未来」、「いまこの瞬間」、「インターネット」

それぞれを考えてみると、「いまこの瞬間」は「今見ているサイト」で、その他は同時に見れない「隠れたサイト」に置き換えられるのではないか?と思う。

 

結論

「スピリチュアルな世界」と「インターネット閲覧中の背後の隠れたサイト」の間には、「物質的には見えない」という共通点があることがわかった。また、「物質的には見えない」という点では、「過去と未来」にも当てはまることがわかる。

「いまこの瞬間」だけが特殊な状態であるという見方もできるのではないか、と思う。

 

 

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